大判例

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名古屋高等裁判所 昭和32年(う)331号 判決 1957年12月25日

控訴人 被告人 石黒定一 弁護人 三宅厚三

検察官 寺屋樸栄

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役六月に処する。

原審及び当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は弁護人三宅厚三提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

右控訴趣意第一点(事実誤認)について

しかし、原判決挙示の各証拠を総合すると、被告人は原判示のとおり原判示の紡毛糸入木箱六個を執行吏のため代理占有保管中、昭和二十八年一月十四日頃ほしいままに、大岐株式会社(同社はその後同年三月十二日、商号を株式会社大岐商店と変更、同月十六日その旨登記)に右物件を代金十一万五千円にて売渡す契約をなし、翌十五日頃右物件を原判示の大一産業株式会社木曽川出張所から搬出して岐阜市橋本町二丁目二十番地濃飛倉庫運輸株式会社橋本営業所に大岐株式会社名義で預け入れ、もつてこれを横領したことを優に認定でき、原判決には所論のような事実誤認は存しない。論旨は理由がない。

職権調査

職権をもつて調査するに、本件記録によると、原判決は本件公訴事実中横領の点については一個の主文をもつて有罪の言渡をなし、他の封印破棄の点については、その理由において、公訴時効が完成しているから免訴の言渡をなすべきであるが、右は横領の所為と一所為数法の関係にありとして起訴されたものと認めるから(当審においても右両所為は一所為数法の関係にありとして起訴されたものと認める)、特に主文において免訴(原判文に「無罪」とあるは「免訴」の誤記と認める)の言渡をなさない旨の判示をなしたところ被告人から有罪部分に対してのみ控訴の申立をなし、検察官からは控訴の申立のなかつたことが明らかである。

第一、移審の効力

(一)、第一審判決が一所為数法の関係にありとして起訴された一罪の一部につき有罪の言渡をなし、他の一部については免訴すべきものとなした場合においては、二個の主文をもつてその言渡をなしたときは格別、一部につき一個の主文をもつて有罪の言渡をなし、その理由において、他の一部については本来免訴の言渡をなすべきものである旨を判示したときは、有罪部分に対してのみ控訴の申立があつた場合でも、控訴の申立のなかつた部分すなわち、第一審判決がその理由において判示した本来免訴の言渡をなすべきものである旨の部分をも含む公訴事実全部につき移審の効力を生ずるものと解する。けだし、科刑上一罪の一部に対する上訴はその性質上原則として許されない。従つて、その一部に対して上訴をなしたときは公訴事実全部につき当然移審の効力が及ぶものと解すべきであるからである。

それゆえに、本件においては横領及び封印破棄の公訴事実全部につき移審の効力を生じたものといわなければならない。

(二)、従つて、右の場合控訴裁判所はその裁量により、第一審判決がその理由において本来免訴の言渡をなすべきものである旨を判示した点に関しては、刑事訴訟法第三百九十二条第二項に従い職権で調査をすることができる。

(三)、審理の結果、有罪部分及び職権調査部分のいずれにも破棄理由のないときは、控訴を棄却すべく、いずれかの部分に破棄理由のあるときは、原判決全部を破棄すべきであるが、有罪部分に対する控訴が検察官控訴の場合には、原判決の刑より重い刑を言渡すことを妨げないこと一般検察官控訴の場合と異ならないけれども、被告人控訴または被告人のための控訴(刑事訴訟法第三百五十三条第三百五十五条所掲の者のなした控訴)の場合には、同法第四百二条の不利益変更禁止の規定の適用があり、従つて、原判決の刑より重い刑を言渡すことはできない。

そこで、本件においては当裁判所は、前記原判決が、その理由において封印破棄の公訴事実については本来免訴の言渡をなすべきものである旨を判示した点につき、職権で調査をなし、その点につき判断をなした上、前段説示に従い判決することとする。

第二、想像上数罪の公訴時効

想像上数罪は本来実質上数罪ではあるが、刑法第五十四条第一項前段の規定により科刑上一罪として扱われるものであるから、想像上数罪の公訴時効は、その最も重きに従い処断すべき罪の刑によりその完成を認めるべきで、想像上数罪を構成する各犯罪行為の刑により各別にその完成を認めるべきではないと解するを相当とする。それゆえに、本件においてはその最も重き横領罪の刑によりその完成を認めるべきものであるところ、刑法第二百五十二条第一項の横領罪は五年以下の懲役にあたり、その公訴時効は刑事訴訟法第二百五十条第四号により五年の期間を経過することによつて完成する。従つて、原判決挙示の各証拠により認められる犯罪行為の終つた昭和二十八年一月十五日から、五年の期間を経過せざること算数上明らかな昭和三十一年七月十八日公訴提起(本件記録により認定できる)された、本件横領及び封印破棄の犯罪行為全体(後記破棄自判の「証拠の標目」において示した証拠によりこれを認定できる)につき未だその公訴時効の完成を認めることはできない。しかるに、原判決が前記のごとく、横領及び封印破棄の本件公訴事実中封印破棄の点については、その理由において、公訴時効が完成しているから、本来免訴の言渡をなすべきものである旨を判示したのは、ひつきよう、想像上数罪の公訴時効は、想像上数罪を構成する各犯罪行為の刑により各別にその完成を認めるべきものであるとの解釈の下に右のごとく判示したものと解するの外なく、従つて、原判決は法令の適用を誤つたもので、その誤が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決はこの点において破棄を免れない。

よつて弁護人の量刑不当の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三百九十七条第一項第三百八十条により原判決を破棄し、同法第四百条但書に従い当審において更に判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は福井市大和中町四十三番地に本店を有する大一産業株式会社(以下大一産業と略称)に雇われ愛知県葉栗郡木曽川町大字黒田往還八十番地田中文七方の同社木曽川出張所長として勤務していたものであるが、昭和二十六年二月十四日名古屋地方裁判所執行吏吉川善五郎が同裁判所一宮支部同年(ヨ)第五号債権者大一産業、債務者白一繊維工業株式会社(以下白一繊維と略称)同日本通運株式会社(以下日通と略称)間の仮処分決定にもとづき、前記木曽川町大字黒田東針口十三番地日通一宮支店木曽川営業所倉庫において、債権者の権利実行保全のため、日通が占有保管する白一繊維所有のガラス紡糸入(実は紡毛糸SW1800)木箱六個(合計千二百八十四封度、当時の取引価額約百万円)について仮処分をなして各個に仮処分の標示を施し、日通の占有を解き同執行吏の占有に移した際、債権者大一産業側の立会人となり、同執行吏からその代理占有保管方の委任を受け、更に同月二十七日右物件が保管替のため前記大一産業木曽川出張所に移されてからも引続き同執行吏の委任により代理占有保管中、同年三月二日同執行吏が右物件の点検を行つた際、各個に先に施した標示の外に封印を施したところ、それをも知りながら、同二十八年一月十四日頃岐阜市金園町一丁目十六番地大岐株式会社(同社はその後同年三月十二日商号を株式会社大岐商店と変更、同月十六日その旨登記)において同社に右物件を代金十一万五千円で売渡す契約をなし、翌十五日右物件を貨物自動車で前記大一産業木曽川出張所から搬出して、岐阜市橋本町二丁目二十番地濃飛倉庫運輸株式会社橋本営業所に大岐会社名義で預け入れ、もつて公務員の施した封印または差押の標示を無効ならしめると共に右物件を横領したものである。

(証拠の標目)

当審証人吉川善五郎同光崎次郎同山田朝夫各尋問調書を追加する外、原判決挙示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

(法令の適用)

被告人の判示所為中封印破棄の点は刑法第九十六条罰金等臨時措置法第二条第三条に、横領の点は刑法第二百五十二条第一項に、各該当するところ、右は一個の行為にして二個の罪名に触れる場合であるから、同法第五十四条第一項前段第十条により重い横領罪の刑に従い、その所定刑期範囲内において被告人を懲役六月に処し、原審及び当審における訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文により被告人の負担とすることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 影山正雄 判事 水島亀松 判事 木村直行)

弁護人三宅厚三の控訴趣意

第一点原判決は判決に影響を及ぼすことが明らかである事実の誤認がある。原判決は被告人が白一繊維所有のガラ紡糸入(実は紡毛糸)木箱六個を横領した旨の認定をして居るが本件横領罪が成立するか、否かは結局被告人が昭和二十八年一月十四日頃本件糸を大岐株式会社に金十一万五千円で売渡す契約をしたか、否かに帰着するものであるから此の一点のみについて勘案すれば足りるものである。

〔註〕 本件糸につき右売渡契約が成立して居ないものとすれば被告人が執行吏、糸の所有者其の他に何等の通告しないで本件糸を大一産業木曽川出張所から搬出して濃飛運輸K、K橋本営業所に預入れた所為は(田中文七より強硬な要求に基くところであり)被告人に何等領得の意思がなく単に保管場所を変更したに過ぎないから横領罪が成立しないことは明白である。而して被告人は終始一貫して本件糸を大岐K、Kに売渡す契約をしたことは絶対にない旨供述し田中文七より強硬な要求を受けたので勤務して居た大岐K、K社長交吉愛吉に新しい保管場所たる濃飛運輸K、K橋本営業所を紹介して貰い且交吉愛吉の勧めに従い大岐K、K名義で保管方を委託し以て保管場所を変更したに過ぎない旨供述して居るのである。然るに原判決は証人山田朝夫、同交吉愛吉の供述のみに依つて(原判決判示の証拠中には此の点に関する証拠は右の他には存在しない)被告人が売渡契約をしたものと認定して居るが同証人等は其の供述に依つても明白なる如く被告人と大岐K、Kとの交渉(例へば被告人が金五万円を出資して重役に就任するとか、或は被告人が本件糸を大岐KKに売渡すとか等)は総て浜野専務に一任して居たので之等の関係は浜野より伝聞したに過ぎないもので同証人等の証言自体曖昧であり措信し難いもので浜野の供述に依らなければ本件の真相は判明し難いところであり且右証人等は極力自己の責任を回避して責を浜野及被告人に転嫁せんとして虚偽の供述をして居ることが十分窺知されるのであるが、原判決は証人山田が「その品物を取りに行く前日大岐商店の事務所で交吉、浜野が木箱を買つたから明日運ぶと話していたのを聴いたからである。その場に石黒もいた」と供述した旨判示して居るが同証人に対する尋問調書中第四十七、四十八問答には、証人が糸を取りに行く前日事務所で糸の話を聴いたと言うがその時事務所には誰等が居たか、交吉、浜野、石黒と私です。其の時どんな話が出たか、保管料の一万五千円を出すと言う話と翌日糸を取りに行くと言う話です。と記載されて居り判示の如く被告人の面前で交吉と浜野が本件木箱入の糸を買受けた旨を話合つた事実は認められない。

又原判決は証人交吉が「石黒に直接紡毛糸を売るかどうか確めたら石黒は売ると云つた様に記憶している」と供述した旨判示して居るがわざわざ直接確めたと言いながら被告人の返答が売ると言つた様に記憶しているなどとは曖昧も甚だしく必らずや確実に記憶して居る筈であるのに斯かる供述自体が確めた事実のないことを裏書するものである。

〔註〕 証人交吉の供述の措信し難い点は証人永井朝吉が(同人に対する尋問調書第九問答)給料は月一万円と交吉は云つて居たが給料は全然貰つて居ませんでした。証人山田朝夫が(同人に対する尋問調書第十一問答)給料は月一万五千円と決つて居たが経営がうまく行つて居なかつたため一万五千円の給料は一度貰つただけであと貰つて居ませんと夫々供述し被告人も亦給料として正式に貰つて居ない旨供述して居るのに対し証人交吉は(同人に対する尋問調書第十六乃至二十問答)石黒の給料は一万円と決めて支払つて居る。働いて居た浜野、永井、山田等に給料は全部支払つて居ります。と供述して居る点等より十分に察知されるところである。而して証人交吉は被告人より本件糸を金十一万五千円で買受けたと言いながら現実には被告人に其の代金を全然手交して居らず浜野を通じて相殺した等と供述して居るのであるが被告人が若し仮に本件糸を大岐K、Kに売渡したものと仮定すれば斯様な代金決済で承服する筈はなく直ちに請求する筈であるのに請求しなかつた点より観れば被告人に秘して交吉、浜野が本件糸を他に売却したことは明白である。尚被告人は糸の保管料として金一万五千円の交付を受けたが之は給料代用として交付を受けたので決して糸代金の一部などではない。斯くの如く証人山田同交吉の証言は措信し難く判示横領を認定し難いものであるが終始一貫して何等矛盾のない被告人の供述及び原審証人高田吉一、同森建三(第十七、十八問答)、同河出利恭(第二十六乃至三十一問答)等の各供述に依れば被告人が大岐K、Kに対して本件糸を売渡す契約をしなかつたことは明白である。

従つて本件は無罪の御言渡を受くべき案件である。

第二点若し仮に被告人が有罪であると仮定しても原判決の刑の量定は重過ぎて不当である。被告人は満三十七歳の今日迄未だ嘗て刑事上の処分を受けたことはなく不幸にして大一産業、大岐K、Kの如き業績不良な会社に勤務したため屡々勤務先を変更することを余儀なくされたが現在は艶金興業KKに工員として雇われ誠実に稼働し家族四人を扶養して居るもので生活も安定し再犯の虞れなどは全然無く且本件につきても田中文七の強硬な要求に基いたとは言え、執行吏及所有者等に何等の通告をしないで本件糸を適法な保管場所より搬出し以て本件の直接原因を作為したことに関して痛く責任を痛感して前非を悔い目下大一産業、白一繊維との間に誠意を以て示談の交渉中であり間もなく示談が成立するものと認められるが原判決の量刑は不当で刑の執行猶予の御言渡を受くべき案件である。

以上第一、二点の理由に依り原判決は破棄せらるべきものと思料する。

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